PAST ACTIVITY
飛行機のドアが開き、南国の湿った暖かい空気がフワッと私を包みました。空港ロビーに並べられた蘭の花々からは、植物の青い香りがほのかに立ち上り、どこかのんびりとした空港の雰囲気にもホッとしました。
初めての沖縄は、あいにくの雨。
吹きつける風が潮の香りを運んできます。肌寒い悪天候、にもかかわらず、まだほんの少し空港を歩いただけなのに、私の気持ちはすっかり解放され、早くも新鮮で自由な気分を味わっていました。
そしてわずか数日間の滞在でしたが、たくさんの実りをもらいました。
その一つが、自分の全体性をとりもどすことができたということです。
なんていうと堅い言葉ですが、頭でっかちになっていた自分に、…「頭だけじゃないよ、全体で感じることを大事にしなさい」…と思い出させてくれた感じがするのです。別の表現をすれば、頭に上っていた血液が、カラダ全体、手足の先にまで行き渡った感じと言ってもよいかもしれません。とにかくリフレッシュして帰ってきました。
車がなかったので、テクテク歩いたこともよかったのかもしれません。足で地面を踏みしめ、風を感じ、自然や街の匂いに触れるなど、五感をフルに活用し、カラダ全体で感じとることができたからです。
お天気に恵まれなかったこともあり、観光地と言えば首里城を尋ねただけでしたが、そのかわりゆっくり時間をかけて見ることができました。
モノレールの駅から15分も歩けば首里城です(守礼門は2000円札の絵柄でお馴染みです)。一日のんびりと石段を登ったり下りたりしながら、周辺を散策しました。
新緑の中で木々を渡る風の音を聞いたり、苔むした石の堤に歴史を感じたり。この首里城を皮切りに、「時」と「場」と「自分」のふれあいをいっぱい感じて帰ろう、そう思って過ごした4日間でした。
実は、事前に資料を調べ、行きたい所をピックアップして効率よく廻る計画も立ててはみたのですが、行く直前になってそれらをいっさい白紙に戻すことにしました。自分で立てた計画に縛られるのもつまらない気がしたので…。
結局、気分や体調、流れにまかせて動くことにしました。
さて、そんな風にして過ごした沖縄から帰り、いつものようにメールを開き、いつものように仕事を始めようと思ったのですが、何だかいつもと感覚が違うのです。いつものように始めることにブレーキを掛ける自分がいます。
リフレッシュした自分の感覚を忘れないように、頭でっかちにならないように、意識している自分です。「いつも自分の全体を感じること」を忘れないように心がけながら、日常に戻るまでに数日かかりました。
ともすれば頭でっかちになりがちな自分を振り返り、リフレッシュするための機会として、今までも瞑想会を企画し、個人的にはダンスの基礎レッスン(カラダの軸をとる使い方のレッスン)にも参加させてもらったりしていました。今回沖縄に行ったことで、これらがとっても大事なことだということに改めて気づかされました。
またそうした日頃の体験があったことで、沖縄で、より深く「深呼吸」できたのも確かです。これからも、五感を働かせて体験する企画を、セレニティの活動の中にできるだけとりいれていきたいと思います。
そのためにも必要なことは、自分自身が生き生きと周囲の人と関われて、「今日一日幸せだったね」「ありがとう」と言える機会をいっぱいつくっていくことですね、きっと。
たとえささやかであっても、自分の変化を楽しんでいきたいと思います。
皆さんと一緒にそうした機会を増やしていかれたら、このうえない幸せです。
●オランダからの友達が来ていて、英語が苦手な私ですが、がんばって東京案内しています。
彼らは東京の建物をすごくおもしろがって、写真を撮りまくり。
その上「カワイイ」という言葉を覚えて連発!
日本ではミニマムなオランダ・デザインが人気ですが、彼らにとっては、日本のデザインが「カワイイ」らしいです。レストランでの写真付きメニューも、さまざまなポスターのイラストも、日本では当たり前ですが、オランダでは「子どもっぽい」とされるので見かけないらしい。でも、絵や写真で説明をしている日本のほうが「親切」と言っていました。
ヘ~と思いながら、私も外国人気分で東京をまわりました。普段、東京で生活していると、「空気が悪い」だの「冷たい感じ」だの、つい不満なところばかり目につきますが、外国人の目で見ると、東京の街に愛しい気持ちが湧いてきます。
ちなみに彼らがほかに覚えた日本語が「イチゴ」(笑)。完全に日本文化に毒されていました。
(三村路子)
●大本さん、こんにちは。
件名どおり、面白かった落語より一部…
「おい!ハブ、おめぇ、毒もってるか?」
「Yes, I ハブ!」
身振り手振りが入るともっと面白いのですが、まぁそれはまた今度。
(たけぽん)
●ほのぼのした話を一つ・・
一年生の担任になった私。
ただ今入学式準備の真っ最中。教室には、新6年生が飾り付けの手伝いに・・・
その中に、のんびりした感じの男子二人。
「ねえ、ねえ。ミニ黒板に、一年生へのメッセージ、書いてくれるかな?」
何となく、頼んでしまいました。
そうしたら・・・
「えっ。」という表情。そして少し間をおいて「ハイ。」
その後の二人、
念入りに打ち合わせをして・・・
書いては消し、書いては消し・・・、(黒板はすっかり白くなってしまいました)
時間は5分、10分、15分と過ぎ・・・
黒板の左上に、やっとの思いで、
「学校は楽しいよ。いっしょにがんばろうね。」と書き上げてくれました。
決してきれいな字ではないけれど、何だか必死に書き上げてくれたメッセージ。
最初は大きくて、後ろはちいさいけれど、何だか、線がよろよろとしているけれど、
一文字一文字に丁寧さが感じられます。
だからそのままにしておきます。
二人を、心配そうに見守っていた、もと担任。
「とても字を書くことを苦手としていた二人」だそうです。
4月8日金曜日。1年2組では、29人の子供達が
そのメッセージを目にすることでしょう。
(にこにこちゃんより)
●最近楽しかったことで、投稿します。
3/28~4/3まで、イタリア旅行一人旅をしてきました。
といっても、向こうに知り合いの人がいて、3泊はお世話になったのですが・・・
それ以外は、例えば観光地とかは一人で出向いたりしました。
向こうは、とても人々の元気がいいです、というかうるさいほど元気です。
たとえば、夜の地下鉄。知り合いの先生と一緒にのったのですが、まず列車の外装が落書きだらけ!すごい汚いんです。多分、駅の人たちも綺麗にしてもまた落書きされるから、いいかぁ…、みたいなのりなんでしょうか。
そして列車の中、これまたうるさい!日本じゃ考えられないうるささです。
しかもざわめきの中心は若者。自分と同い年か、それより1つ上か下の人々がひしめき合って、カップルは所かまわずキスしたり、集団でいる人達ははしゃぎまわっています!
どれほど、日本の列車の中が静かで、丁寧かが分かりました。
しかしその中で、すこし変わった光景がありました。4人席の向かいの席に座って騒いでいた若い人たちに、これまた若い女性客が、話し掛けていたのです。
たぶん、窓の外から知人に話し掛けたいと言ったのでしょうか。
すると、その人たちはすっと、席をあけて女性に窓を譲っていたのです。
そのほかにも、例えばバスの中で客同士が言い合いを始めると、それに対して他のお客さんも話に参加していたりしていました。
また、博物館に行く途中、これまたバスの中で行き先を聞いた老人が、自分もそこに行くから、ついておいでと言ってきました。
そして、眺めのいい高台にある博物館に着くと、老人は自分に、綺麗な景色を前にして、あそこが何々だとか、あれが港だとか、説明を始めたのです。びっくりしました。
しばらく聞いていたのですが、美術館にも入りたかったので、話を断ち切って入っていきましたが・・・
その時、老人に頼んで撮って貰った写真を添付します。(逆光で、顔が見えませんね。)
7日しか行ってませんが、向こうの人たちは、基本的に「世話好き」なんだと思いました。
そのかわり、言いたいことをバシバシ言い合う。なんだか、日本にはないような光景だと思いました。
有名な観光地なども行ったのですが、人々の感じを知ることが出来たのも旅行をして楽しかったことの一つです。
(J. O )
●今、希望通り中学校にいます。
最近いいことといえば、ここに来たことです。わけわからないうちにいろいろな仕事任されて、この数日間大変です。これからのことを考えると正直不安で仕方がないけど、がんばります。( M. K )
(昨年、異動願いを出して希望がかなった先生より)
●うれしかったこと・・・
①昨年度担任していた子供たちが、私が1の2の先生になったことを知って、ちょっぴり残念がってくれたこと
②たまたま昨年担任した子の妹さんがいたのですが、お母さんが、私でうれしいと言って下さったこと
③入学式の担任紹介で 1年担任だけ返事をして体育館中央に立つのですが、
「いい返事、さわやかな雰囲気で、メリハリがあってよかった」と来賓の方にほめられたこと
(ほめられるって大人でもうれしい)。
④教室に戻って、初めての学級活動に補助の先生がつきます。
そうしたら、私の保護者の方への説明を良く聞いていてくれて、
「Gさん、上履きのこと、抜けてるよ」とこっそりと教えてくれたこと。
そして、わたしの気づかなかった、子供や保護者の方に関わる大切な情報を教えてくれたこと(例えば、教室に入るのを渋り気味、父親の叱り方、親子関係)。
私は最近考えることがあります。
職場には、文句を言う人や、楽をしようとする人も中にはいますね。
たまに訳の分からないことを言う人もいます。
経験年数に技術が伴わない人も確かにいるなと思います。
それに腹を立てる人もいます。
職場の中で、ついついそのことについてグチをこぼす人もいます。
ところが、私からすると
そのようなうわさになっている人であっても、私からみて力が思うようについていないで苦労している人だなぁと感じる人であっても、不思議と、私は色々助けてもらえたり、
「ああ、やっぱり経験にはかなわないな」と驚いて真似をさせてもらったり、
「いいアドバイスをもらえたなぁ」と思うことが多いのです。
だから、私の中では、イメージは悪くないんです。
(相手の方はどう思っているかわかりませんが・・・)
1つ気をつけていることはあるんです。
(これは、いいことなのでしょうか、自分にとって良くないことなのでしょうか)
「職場の同僚、あるいは学年の人の悪口は言わない」です。
私と相手の間には、腹が立ったり、嫌だな、困ったなと思うことはあるのです。
でも、それを同僚の中の他の人に言うと、多少はすっきりするけど、
今度は関係のない他の人と、私が嫌だと思う人の間に、「嫌だな」の気持ちが生まれてしまうでしょう。「ばかにする」気持ちが生まれてしまうでしょう。
その人がおしゃべりな人だと、あっという間に「あの人は○○なんだって」と伝わってしまうでしょう。
だから、どうしても腹が立ったり、くやしい~と思ったときには、基本的には私と同じ考えの人(悪口で盛り上がらない人)や教員にまったく関係のない友人に、言うんです。
昨年度、私は、経験年数は豊富、でも力的には心配という人と、大学出たばかりの初任者と組みました。周りは、Gさんが「蔭の学年主任」だと言いました。
みんな、何とかして私に「○○先生って、やっぱり力がない人だよね」と言わせようとしている雰囲気でしたが、私はそれに同調せず、その人の良かったことのみ、頑張っていることのみ話しました。
そして私たちの学年のよさは「チームワークのよさです!!」と言い切りました。
そして昨年度の中頃から、本当にそうなったのがうれしいです。
他の人たちが
「Gさんの学年って、なんだか穏やかでいい雰囲気だよね。
他の学年にいても、楽しそうに仕事をしているように見えるよ。」
「○○さん、最近雰囲気が違ってきて、がんばっているよね。」と言われました。
(R. G )
私が日本に帰ってきてから半年以上過ぎました。
そして、10年くらい体験していなかった古里(岩手)の冬を体験し、春を迎えようとしています。
(岩手の桜の開花は5月のゴールデンウィーク頃)
この季節の変わり目に、何だか自分の生活のリズムの変化に気がつきました。
インドでは乾季、雨季前、雨季、雨季後、冬、春という風に季節がありますが、日本のような四季の変わり目はありません。
それで日本の生活リズムとインドの生活リズムの違いを、改めて感じました。
『う~ん……やっぱりリズムが狂ってきたなあ……』
と感じたのは、この冬から春に向けた季節の変わり目に、自分の身体が付いていっていない事に気が付いた時です。
ですけど岩手は私が生まれ育った所ですから、リズムを整えるのは難しくありませんでした。
その整えるコツは、ちゃんと食べてちゃんと寝る事だと思います。
お腹が空いたら食べて腹八分。早寝早起き、快食快便。
ストレス解消にヨーガや瞑想。
たまに家族や友達と楽しいコミュニケーション。
これが私のリズムを整える方法でした。それでどうにか健康を維持しています。
そんな季節の変わり目を迎えようとしている時、インドの施設から連絡が入りました。
施設のマネージメントスタッフが、躾だと言って預かっている子供達を虐待している、という連絡です。
これを知ったら、また私の心はインドに飛びました。
それを連絡してきたのは、施設でボランティアをしている日本人男性からでした。
インドの躾というのは、日本人が見たら虐待なのか?
それとも本当に暴力を振っているのか?
身体の傷は無くても心の傷は?
いったい何があったんだ?
私は深々と考えました。
それで考えすぎたのか下痢……
それでも子供たちへの愛情が猛燃焼すると共に、マネージメントスタッフへの激怒……
それで下痢悪化……
これはマズイと思ったので、自分自身に対して
『待て待て、冷静になれ……今は季節の変わり目。リズムが変わる節目の時……
インドでも俺がいない節目を過ぎようとしている時……
それを知ってる俺が崩れたら……問題解決のチャンスも……少なくなる…
今はちゃんと食べて……ちゃんと寝て……アイディアと……正しい判断を……』
そう思って、もう一度体調を整えて考えました。
だけど現地から離れた今の自分にはアイディアが浮かびませんでした。
それで、現地に滞在する別の日本人に相談したところ、グッドアイディアを見つけることができました。
あとは日本とインドで連係プレイをとって、早期解決にレッツゴー!です。
私は動きませんが、現地インド人が解決行動を起こしてくれます。
この事でつくづく思ったのは、問題のリングに上がるためには、心身共にリズムを崩さず、怒りではなく愛情をもって冷静になること。
そうすることによって、援助してくれる存在と繋がることができると思いました。
(元NPO「レインボーホーム(孤児の家)」インド駐在員)
週に二日、大学の相談室を担当していますが、その往復に大学の送迎バスを使っています。職員用のバスを利用するときもあれば、学生達と同じバスを利用するときもあります。
今はだいぶ慣れましたが、学生達と同じバスに乗り合わせたときに、当初不思議でもあり、面白いなあと思ったのは、学生達はどんなに混んでいても、知らない者同士は決して二人掛けの椅子に隣り合って座らないということです。
もちろん一人の椅子が空いていれば座りますが、二人掛けの片方が空いていても、まず絶対に座らないみたいです。路線バスだったら、多分学生達も座るのだと思います。と言うことは同じ大学の学生同士というのは、かえって緊張するということなのでしょうか?それとも他に何か理由が?
ある時そのことを学生の一人に聞いてみたことがあります。最初は私の言っている意味が分からないようでした。しばらく考えてから、「そう言われてみれば座っていないし、自分も座ったことがない。それが当たり前だと思っていたし、気にもとめなかった。今言われて初めて気がついた。特に理由はない」と。
慣れはしましたが、今でも私には不思議です。お互いもっとラクに接すればいいのになあと、ちょっと心配しながら、不思議な思いで見ています。(カウンセラー・大学相談室相談員大本)